前の5件 | -
どうなるんだろうね
日本の政治家の劣化がココまでとはね。イシハラさんもハトヤマさんもハシモトさんもカワムラさんもさ、言いたい放題やりたい放題。あまり国益なんて言葉は言いたくないけど、バランスのとれたブレーン達と熟慮したとも思われない言葉や行動を軽々に国外に発信したらどのようなリアクションがあるかくらい考えてほしいと思うよ。リカバーするのに多大な努力が必要になることぐらいわかるとは思うけどね。コイズミさんの言動でどれだけ国益が損なわれたか思い出してほしいもんだ。国粋的な人たちは溜飲を下げたかもしれないけどあの反日の嵐でどれだけ外交的、経済的ダメージを被ったことか。
地方の首長制度はアメリカ占領下で大統領制にならってできたもんだから異常に権限が強いんだよね。アグネ市長のご乱行も大変だったけど、それに近い感覚になちゃってる。マスコミは目立てばいっぱい取り上げてくれるし、あーうれしい。平壌以外は停電が茶飯事で餓死の危険がついて回る破綻国家なのに、世界の超大国みたいな取り上げ方をしてくれると世界中のマスコミに感謝してる国と同列かもね。
地方の首長制度はアメリカ占領下で大統領制にならってできたもんだから異常に権限が強いんだよね。アグネ市長のご乱行も大変だったけど、それに近い感覚になちゃってる。マスコミは目立てばいっぱい取り上げてくれるし、あーうれしい。平壌以外は停電が茶飯事で餓死の危険がついて回る破綻国家なのに、世界の超大国みたいな取り上げ方をしてくれると世界中のマスコミに感謝してる国と同列かもね。
文科省のご乱心
なんで中学でダンスが必修になるんだろうか。体育の教師がヒップホップなんかも踊ることになるらしい。我々の時代もいろんな踊りが流行った。チャチャチャとかドドンパとかゴーゴーとか。モンキーやスイムやロコモーションなんてのも後の時代にはあった。ダンスなんてものは時代とともに変わる。人によって好き嫌いも大きい。普遍性とはおよそ縁遠い感じがする。諸外国でも民族舞踊なんかは教えてる所もあるようだ。これならば私の理解の範囲だが、意図はどこにあるのだろうか。日本中にヨサコイソウランなんかを踊る若者でも増やしたいのかしら。それとも幕末のごとく先の見えない今日の不安を、おかげ参り、同様に踊り狂うことで紛らわせたいのかしら。そもそも義務教育で創作ダンスなんてのも私には理解の外であった。まあ、裁判員制度もそうだったが、文科省のこんな案なんかも世間に流布されないまま唐突に決まってしまう。決まってしまえば世の中それで動くようになる。見直しには結構大変な労力と時間を要する。ジミン党大敗の一因となった後期高齢者医療制度も未だに見直されないままですなあ。一般人のあずかり知らないところでコチョコチョ決まってしまう政治の争点とならないような法なんかを、世間に知らしめる仕組みが必要だろう。マスコミさん社会の木鐸を自認するならそんなところにも目を配り論議を喚起するような姿勢をもってよ。スタンドプレイ的記事や論説ばかりじゃこのネット社会での存在意義はなくなるよ
病床憂国
東京都の教育現場の悲惨さは周知の事実で縷々あげつらわない。教員のなり手が恐ろしく減少したことをあげれば十分。ある意味で若者は健全なのだ。そして昨今の大阪。マスコミから漏れ聞く情報の断片ですらおぞましい限り。君が代斉唱時に教員達の口の動きを見張ってペナルティーを、だと。そのほかにもいろいろ報道されてるから検索してみるべし。「全体主義の恐ろしさは、沈黙することすら許されなくなる、ことである」なんて、むかし物の本で読んだことがあるがまさに。職員のメール履歴調査で親衛隊まがいの調査員を動員するトコなんてヒットラー相似。一応弁護士の資格を持ってるらしいが目的のためなら手続きなんかどうでもいいらしい。維新八策だって。一昨年の大河ドラマじゃあるまいし。マスコミ人間のあざとさ全開。
そのマスコミだけどコイズミ政権初期に「独裁は忘れた頃にやってくる」という旧社カイ党の選挙広告を民放全社で拒否したこともあった。その頃からマスコミは意志をもって選挙をコントロールするようになってきたのかな。一方がバブル的得票で勝つようなことが顕著になった。かのナベツネが記者上がりであることを考えれば新聞、テレビなどは良識を持ち得ない存在であると言ってしまっていいのだ、きっと。マスコミから社会の木鐸としての機能を除いたら存在意義を定義し直すしかないだろう。オザワ擁護のフリージャーナリスト達だって自分たちの存在意義を問い直してほしいものだ。バブルの後始末もせず自ミン党から逃亡、その後も改革者面して長きにわたって権謀術数で国政を混乱させてきた御仁。そして政治家の常套句、秘書が、秘書が。ジャーナリスト諸氏、毒饅頭を食らったか。
まだまだ続く。市場経済をもろに指向すればいつか来た道。神の手なんてなかったのよ。安く作って高く売るためにはなんでもやる。市場にモラルはない。かつて市場経済にモラルを導入するのにどれだけ犠牲が払われたことか。現今、労働三権なんかが念頭にある経営者や記者なんてどのくらいいるんだろうか。プロ野球ストライキの時、選手会に損害賠償だ、と息巻いた巨大企業のお偉いさんがいたなぁ。その大企業連も優秀な人材を確保するためと外国人学生を積極的に雇用する。それはそれでいい面もあるけれど、日本の大学生がきちんと勉強する機会を就活強制で奪っておいてそれはどうなんだろう。まず自国の青年、人材を育てることが企業の大きな役割のはず。これまた存在意義を問われちゃう。
馬に乗る人担ぐ人そのまた草鞋を作る人。どこの国でもいろんな役回りをする人がいる。いろんな能力の人がいる。仕事に貴賤がないはずなのに経済原則だけが透徹して貧富の差が拡大していく。いわゆるグローバル化がそれに拍車をかけていく。学歴のない人達が絶対的下積みにされていく。その不合理を税の仕組みで幾分か解消するはずなのに、それも度重なる税のアメリカナイズで機能不全に陥ってしまってる。減税党だってさ。貧乏人は恩恵なんてほとんど受けないよ。それよりも貧乏人にとってはコイズミ政権の、国民が等しく痛みを分かち合う、の出費からの解放が優先だろ。富者と貧者が同じ痛みなんてあり得ないのだ。まして先ほどの税のアメリカナイズで笑いの止まらない富者が痛みを感じるはずもない。
実体経済の何倍だろうか何十倍だろうか、ともかくだぶついたお金が実体経済を攪乱していく。儲け話に当然モラルは大敵。ただただひたすら儲けだけを考え抜いていく。訳のわからん数式がコンピューターを駆使して利益をたたき出す。そしてタダのお雇いディーラーに過ぎないお方が巨万の報酬を得る。気の遠くなるような報酬を出さないと優秀な人材が集まらないんだそうな。もし優秀な人材がドジって損失が出たときは?公的資金が救ってくれるそうな。
世界中で正規労働者のパーセンテージが下がってゆく。景気の調整弁として不安定な身分が固定化さていく。とくに先進国日本の場合正規労働者と比べ格段に収入が下がるので当然所帯を持てない者が増える。必然的に少子化に拍車がかかる。少子化対策はまず結婚できる条件を整えるのが筋だろう。子育て支援は少子化にあまり役立たないことは自明。最低賃金を上げたり、厚生年金を払ったりすると企業が立ちゆかないなどという。そんな企業はなくても良い。国民に還元のない企業は存続させるべきではない。そんな二流の経営者が自家用ジェットを乗り回せる世の中が変なのである。
わが亡き後に洪水よ来たれ、的な諸分野の自称泰斗がなんと多いことか。大丈夫、もう何回もきてるよ。斯界のリーダーの皆さん後出しじゃんけんみたいなことばかり言ってないでちゃんと責任とってね。私みたいな、金なし、能なし、コネなし意気地なし、美貌もなければ老い先もない皆無齋にかわって我が国の未来を真剣に考えてね。それを地位と名誉と富の免罪符代わりとするのも後生のためにいいことだと思うよ。
そのマスコミだけどコイズミ政権初期に「独裁は忘れた頃にやってくる」という旧社カイ党の選挙広告を民放全社で拒否したこともあった。その頃からマスコミは意志をもって選挙をコントロールするようになってきたのかな。一方がバブル的得票で勝つようなことが顕著になった。かのナベツネが記者上がりであることを考えれば新聞、テレビなどは良識を持ち得ない存在であると言ってしまっていいのだ、きっと。マスコミから社会の木鐸としての機能を除いたら存在意義を定義し直すしかないだろう。オザワ擁護のフリージャーナリスト達だって自分たちの存在意義を問い直してほしいものだ。バブルの後始末もせず自ミン党から逃亡、その後も改革者面して長きにわたって権謀術数で国政を混乱させてきた御仁。そして政治家の常套句、秘書が、秘書が。ジャーナリスト諸氏、毒饅頭を食らったか。
まだまだ続く。市場経済をもろに指向すればいつか来た道。神の手なんてなかったのよ。安く作って高く売るためにはなんでもやる。市場にモラルはない。かつて市場経済にモラルを導入するのにどれだけ犠牲が払われたことか。現今、労働三権なんかが念頭にある経営者や記者なんてどのくらいいるんだろうか。プロ野球ストライキの時、選手会に損害賠償だ、と息巻いた巨大企業のお偉いさんがいたなぁ。その大企業連も優秀な人材を確保するためと外国人学生を積極的に雇用する。それはそれでいい面もあるけれど、日本の大学生がきちんと勉強する機会を就活強制で奪っておいてそれはどうなんだろう。まず自国の青年、人材を育てることが企業の大きな役割のはず。これまた存在意義を問われちゃう。
馬に乗る人担ぐ人そのまた草鞋を作る人。どこの国でもいろんな役回りをする人がいる。いろんな能力の人がいる。仕事に貴賤がないはずなのに経済原則だけが透徹して貧富の差が拡大していく。いわゆるグローバル化がそれに拍車をかけていく。学歴のない人達が絶対的下積みにされていく。その不合理を税の仕組みで幾分か解消するはずなのに、それも度重なる税のアメリカナイズで機能不全に陥ってしまってる。減税党だってさ。貧乏人は恩恵なんてほとんど受けないよ。それよりも貧乏人にとってはコイズミ政権の、国民が等しく痛みを分かち合う、の出費からの解放が優先だろ。富者と貧者が同じ痛みなんてあり得ないのだ。まして先ほどの税のアメリカナイズで笑いの止まらない富者が痛みを感じるはずもない。
実体経済の何倍だろうか何十倍だろうか、ともかくだぶついたお金が実体経済を攪乱していく。儲け話に当然モラルは大敵。ただただひたすら儲けだけを考え抜いていく。訳のわからん数式がコンピューターを駆使して利益をたたき出す。そしてタダのお雇いディーラーに過ぎないお方が巨万の報酬を得る。気の遠くなるような報酬を出さないと優秀な人材が集まらないんだそうな。もし優秀な人材がドジって損失が出たときは?公的資金が救ってくれるそうな。
世界中で正規労働者のパーセンテージが下がってゆく。景気の調整弁として不安定な身分が固定化さていく。とくに先進国日本の場合正規労働者と比べ格段に収入が下がるので当然所帯を持てない者が増える。必然的に少子化に拍車がかかる。少子化対策はまず結婚できる条件を整えるのが筋だろう。子育て支援は少子化にあまり役立たないことは自明。最低賃金を上げたり、厚生年金を払ったりすると企業が立ちゆかないなどという。そんな企業はなくても良い。国民に還元のない企業は存続させるべきではない。そんな二流の経営者が自家用ジェットを乗り回せる世の中が変なのである。
わが亡き後に洪水よ来たれ、的な諸分野の自称泰斗がなんと多いことか。大丈夫、もう何回もきてるよ。斯界のリーダーの皆さん後出しじゃんけんみたいなことばかり言ってないでちゃんと責任とってね。私みたいな、金なし、能なし、コネなし意気地なし、美貌もなければ老い先もない皆無齋にかわって我が国の未来を真剣に考えてね。それを地位と名誉と富の免罪符代わりとするのも後生のためにいいことだと思うよ。
広告対策2
最近とみにネット関連会社の広告があざとくなりましたね。ユーチューブにしたって著作権者のクレームと称して勝手に広告を入れちゃいます。クレームの主体がサードパーティーだと。検索するともろにいかがわしいのが。何でクレームが付くと広告を入れなきゃならんのだろうか。ココにしたって何で一定期間更新がないと広告が入るんだろうか。理屈がわからん。理屈じゃなくてそういう契約になってるからじゃ。恐ろしや契約社会。そういう契約がいやなら別のネット会社にしな、ってか。ますます寡占が進むネット業界。独占禁止法とか人権保護とか念頭にない若年層が牛耳ってるからね。ビジネスにモラルは不要というのはいつか来た道。神の手はなかったのよ。法は弱者のためにためにあり。強いヤツは決まりがない方が好都合だもんね。※記事の検索ボックスが元に戻せました。時々勝手に設定が変わっちゃうのはいかがなモノかな。
都区内の散歩はこちらのブログ→東京よろず散歩
鳥図鑑はこちらです→柏周辺鳥図鑑
ここんトコ体調も良くないので都区内鳥見のほうもまばら。退屈しのぎに
こんなの → 私の好きな歌 してます。
広告対策
前の5件 | -




